はりまノマド

西明石「地酒と辺境 はりまのまど」瀬尾亮ブログ

中国山地の分水嶺を歩く

青春18切符この夏2枚目。

日帰りで夕方に岡山総社でセッションに参加。

それまでの時間にどっか行ったろうとなると案外選択肢が無くて悩む。

というのは、それで考えつくルートはあらかた行ってしまっているから。

智頭、鳥取、津山、新見、東城、児島、高松、琴平、辺境を目指すにしろ地方都市をぶらぶら歩くにしろ気になる土地はあらかた行き尽くしている。

西に山陽本線広島に向かう方向がすっぽり空いているのだけど、まあ馴染みのある土地だし、また別の機会を設けるつもりだし。

 

結構な熟考の末、去年山陰に行ったときに伯備線の岡山鳥取の県境辺りの風景が好印象だったことを思い出し、そういえば最近通っている木頭北川も徳島と高知の県境の集落。

馴染みになりつつある四国山地の峠の村の光景と、中国山地のそれとを見比べると面白いかもと、鳥取に入ってすぐの日南町上石見を目指すことにした。

 

最短で行くなら倉敷から真っ直ぐ伯備線で北上するところだけど、帰りもそこ通るし、津山と新見の間の農村風景がまたいいよね、ってことで姫新線経由で。

車内満席に近いのに驚くけど、考えてみればお盆休みの始まりだから、旅行客も帰省客も多いのか。

うっかりであった、とか少し思うけど、どうせ目的地に近づくにつれて人は減ってゆくだろう。

 

むしろ悔いる点はお盆で日曜日なので酒屋が空いていないところ。

津山で30分の乗り継ぎで街に出ても、目を付けた酒屋は閉店。

街一番のデパートに行けば何かあろう、と天満屋に行けば10時の開店まで少し足りず。

仕方なしと駄目元で大きめのスーパーに行ったら、うーん、それなりの品揃え。

勝山の辻本店の御前酒9という菩提酛の酒と、美作の酒ではないけど赤磐の櫻室町吟醸生を購入。

駅前の物産館よりよっぽど良いのがちょっと複雑。

 

新見への列車は一両ロングシートがやはりほぼ埋まっていて呑める雰囲気でなし。

仕方なしと車窓を眺めるだけだけど、やっぱりこの区間はいいよなあ、と思う。

峠に近づいても山が険しくならないのは中国山地の特徴。

山に囲まれていても平地がそれなりにあってどこに行っても水田が視界に入る。

その中に点在する農家は威厳を持った黒瓦の建物が多く、母屋と離れに蔵もあるような立派な屋敷が多いのに目をひかれた。

やっぱり平地があると豊かなんだなと思う。

四国の険しい山地の暮らしを見た後では、土地に恵まれた中国山地に平穏さを感じる。

暮らしやすそうだなと思う反面、厳しい自然とギリギリのところで折り合いをつけながらの暮らしから生まれる、生きるための知恵のようなものは険しい土地の方が豊富なのかもしれないとも思ったり。

以前だったらのどかの農村風景だな、としか感じなかった車窓からも、色々見えてくるようになって土地土地の暮らし方の違いを考える。

 

新見から一区間特急に乗って鳥取県の生山で下車。

街道の宿場町なのか、ごくごく短い距離なのだけど風格のある商店街。

やっぱり人はそんなにいないのだけど、今の時代に町の本屋さんが営業していたりで、ちょっと嬉しくなる。

ここから峠の集落、上石見までは8キロだけど、1キロ離れた道の駅まで往復してしまったので結局10キロ、2時間少々で歩かねばならないのはちょっとした苦行となってしまった。

移動に徹するなら時速6キロくらいいけるけど、のんびり楽しみたいなら時速4キロ以下。

結局2時間で10キロは微妙。

気になったところでは立ち止まるし人と話す機会もほしい、となると必然急ぎ足になってしまいのんびり要素は遠ざかってしまう。

 

標高400mは高原というほどではないけれど、多少は涼しかろうと思っていたのに、道路の温度表示は35℃と。

熱中症で倒れる人のニュース見て、いや倒れる前に何とかできるでしょ、と思てた自分。

いやあ、行けそうな気がするけど行けないかもしれないと想像することも大切、とか思いながら、まあ歩いてしまうんだな結局。

水分がばがば取りながら、風情を感じる余裕もない早足で歩き通して汽車には10分の余裕を残して間に合った。

アカン道の駅行かずにもうちょっとのんびり歩きたかったなあ、とも思う。

何かいい酒あるかなあ、とかつい遠回りしてしまうんよなあ、そんでいい酒無かったし。

 

生山から上石見に至る道、常にゆるい上りなのだけど、急なところはなく、周りに田園風景を眺めながら気が付いたら高度を稼いでいるという印象。

峠が近付いても、先を阻まれるような景色ではなく丘を越えたら瀬戸内側、というのどかな分水嶺だった。

雪の積もる土地なのだろうけど、夏は暮らしやすそうな土地で、やっぱり敷地の大きな建物が多く見られる。

小中学校は見当たらないのに峠の近くに保育園だけあったのが面白いところ。

後で調べたら子どもの数が16人と、想像以上の多さだった。

やはり暮らしやすい土地だから若い世代も多いのかな、など、時間があれば人に聞きたかったな、という心残り。